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矛盾しているという一貫性|執着をなくすという執着

矛盾というのは、理屈として二つの事柄のつじつまが合わないことをいいます。

しかし、盾と矛でセットだともいえます。

矛盾しているというのは、見方によれば一貫性でもあるのです。

今日は『矛盾しているという一貫性|執着をなくすという執着』と題して、矛盾しているという一貫性について考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
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そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
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くろちゃんです。

矛盾しているという一貫性|執着をなくすという執着

話を聞くには言葉を聞かない

言葉は思いを表現するための道具です。

今書いている文章も、言葉が最初に在るわけではなくて、心に思うことが在って、それに言葉を当てはめていくという作業をしているわけです。

言葉が大切だと言われるのは、その思いを表現するのにどんな言葉を選ぶかというのもまた思いだからでしょう。

話を聞くというのは、言葉を聞く行為ですが、聞き方として、言葉を聞いてはいけないと伝えています。

なぜなら、言葉の意味を決めているのは聞いている自分だからです。

聞くべきなのは、言葉ではなく、話し手の言いたいこと、思いです。

言葉は思いを表す道具ではあるのですが、言葉の使い方は人それぞれで、自分とは違うこともあります。

むしろ、違うことの方が多いでしょう。

それなのに言葉を基準に相手の思いを量ってしまうと正しく相手の言いたいことを感じ取ることが出来ません。

だから、言葉を大切にしている人には、誤解を受ける言い方になるかもしれませんが『言葉に騙されない』という表現をしています。

その言葉をチョイスした思いまで汲み取ることが出来れば、それだけ深く聞けたということになるでしょう。

執着をなくすという執着

煩悩とは、私たちを思い煩わせるものですが、執着する心から始まっています。

何に執着しているのかといえば、自分の正しさや信じることです。

それに反することを他人がすると、悩んだり苦しんだりするのです。

しかし、執着してはいけないということになると、執着してはいけないということが、また執着になってしまいます。

よく修行僧が執着をなくすために厳しい修行をしますが、あれもまた執着をなくすことが執着になっているという少し笑えることになっています。

執着をなくすことで何者かになろうとする思いこそ、最大の執着なわけですね。

悟りの52位

悟りの52位というのがあります。

悟りにも段階があって、小さい悟りから大きな悟りまであるらしいのです。

これは、お釈迦様がご自身の悟りが深まっていった体験を表現したもので、お釈迦様が最終悟られた52番目の悟りを仏覚(ぶっかく)とか、無上覚(むじょうかく)、妙覚(みょうかく)といって、そこまで深く悟られたのはお釈迦様ただ一人だと考えられています。

しかし、だから悟りには52段階あるというのは、ひとつの方便でしかありません。

あくまでもお釈迦様の体験に基づいたお話なのです。

現代的にいえばマニュアルだから正しいというのは、一方から見た論理であって、それがすべてに当てはまるわけではありません。

マニュアル通りに接客したらお客様から怒られた、なんていうのは接客業あるあるでしょう。

もしかすると、悟った人は人類史上たくさんいても、悟りの境地は一人ひとり違うのかもしれません。

矛盾しているという一貫性

今日の3つの話で何がいいたいのか?

実のところ自分でもどうつながるのか?ぼんやりしてします。

ただ、どれも人間の複雑な本質を表していると思っています。

それは、矛盾しているという一貫性です。

単純な方程式では表しきれない性質みたいなものです。

見るという行為には、見えていることと見えていないものがあるし、聞くという行為にも、聞こえているものと、聞こえていないものがあります。

見えていないものを見抜くことが本質を見抜く力だし、言っていないことを聞くのが本質を聞く力です。

しかも、それが一人ひとり違うという複雑さです。

しかし、それぞれが違うという共通点というか一貫性があるのです。

追伸

仏教に無言の行という修行があります。

ある時、四人の僧が一本のローソクをまん中に置いて、無言の行を始めました。無言の行とは、その最中は、口から声を出してはならない、つまり話してはいけない…という行です。

やがて、一日が過ぎて夜になりました。夜風が吹き、戸がカタカタ揺れます。しかし、気を散らさずに黙っています。そのうち すきま風でロウソクの炎が揺らぎます。心も少し揺らぎます。ですが、口を開いてはなりません。

ところが、強めの風が吹いたとたん、ローソクが消えてしまったのです!
「あっ、火が消えた!」と
思わず、一人の僧が言ってしまいました。

すると、もう一人の僧が、
「こら、今は しゃべっては いけないのだぞ」と注意しました。

そして、別の僧が、「『しゃべるな』 といいながら、そう言うお前がしゃべっているではないか!」と、やはり、しゃべってしまいました。

これで、三人とも無言の行は失格です。そこで、ずっと黙っていた最後の一人が、「結局、しゃべらなかったのは、私だけだ」と言いました。

つまり、全員失格です。

これは自分のことはわからないけれど、他人のことはよくわかるということを表したエピソードですが、世の中の実態を表していると思います。

矛盾しているという一貫性|執着をなくすという執着のまとめ

今日は『矛盾しているという一貫性|執着をなくすという執着』と題して、矛盾しているという一貫性について考えます。

話を聞くには言葉を聞かない 
話を聞くというのは、言葉を聞く行為ですが、聞き方として、言葉を聞いてはいけないと伝えています。
なぜなら、言葉の意味を決めているのは聞いている自分だからです。
言葉は思いを表す道具ではあるのですが、言葉の使い方は人それぞれで、自分とは違うこともあります。

執着をなくすという執着 
修行僧が執着をなくすために厳しい修行をしますが、あれもまた執着をなくすことが執着になっているという少し笑えることになっています。

悟りの52位 
悟りには52段階あるというのは、ひとつの方便でしかありません。
あくまでもお釈迦様の体験に基づいたお話なのです。

矛盾しているという一貫性 
見るという行為には、見えていることと見えていないものがあるし、聞くという行為にも、聞こえているものと、聞こえていないものがあります。
見えていないものを見抜くことが本質を見抜く力だし、言っていないことを聞くのが本質を聞く力です。

今日も読んでいただきありがとうございます。

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