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相手の気持ちがわからない人の練習方法

相手の気持ちがわからない人が、相手の気持ちをわかろうとするための練習方法として瞑想を提案します。

ただ、本文でも書きましたがわかることがゴールではなく、わかったことをどう活用するかの方がもっと大事です。

わかるというよりも想像するということですね。

まずは、わかろうと思うことからスタートです。

今日は『相手の気持ちがわからない人の練習方法』と題して、相手の気持ちを想像する練習について考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
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相手の気持ちがわからない人の練習方法

瞑想のススメ

相手の気持ちをわらない人がわかるようになるために何をすればいいか?

それは相手の気持ちを想像するということですよね。

そのための練習におすすめなのがズバリ瞑想です。

瞑想の目的といえば、脳をリラックスさせる、心を落ち着かせる、集中力を養うなど、そのすべての目的がある程度達成される万能な心のトレーニングです。

なかには悟ることを目的にする人もいるでしょう。

瞑想は、日常から自分を切り離して、ただただ今に集中することで脳がリラックスして物事をありのままに見ることが出来るようになることが期待できます。

その分、洞察力もあがって忙しい日常では気づきにくいことに気づきやすくなったりもします。

それだけでもよさそうでしょう?

僕が相手の気持ちがわからない人にわかるようになるための練習としてもおすすめしているのは、集中の仕方が結果的に相手の気持ちを想像する力を養うことになると考えているからです。

瞑想は心を無にすることではありません。

そう思っている人も多いと思いますが、やればやるほどそんなこと無理だと悟るだけでしょう。(笑)

むしろ逆といえるかもしれないですね。

瞑想は、たったひとつのことに心を傾けて集中することです。

人間の心は首輪が外れた子犬のようにあっちこっちに走り回るふらふらしたモノです。

それをまっすぐにひとつのことに集中させるのが瞑想です。

その過程が瞑想ですから、雑念が湧いたたとしても失敗でもなんでもありません。

呼吸に集中するとか、聞こえる音に集中するとか、なんでもいいからひとつのことに集中することで、他の雑念がおさまっていく。

それが瞑想です。

雑念が湧いたから失敗ではありません。

雑念が湧くから瞑想をするのですから、雑念が湧いてもいいのです。

大事なことはそのふらふらとした心をひとつのことに集中させようとする過程です。

自分以外になる

瞑想中、何に集中するかは、人それぞれではないかと思います。

呼吸、音に集中する、ろうそくの炎に集中するなどですが、僕がおすすめするのは、今自分が感じたものに集中することです。

どこで瞑想をするにしても空中に浮いてでもいない限り、身体が何かに触れているはずです。

座っていればお尻が床なり椅子なりに触れています。

そうすると触れている床や椅子を感じますね。

僕はお風呂で湯船につかりながら瞑想をすることが多いですが、そうすると湯が身体に触れています。

その自分に触れているものに集中します。

さらにいうと、その触れたものの立場になります。

湯船につかっているときであれば、自分が湯の中にいるのではなく、自分が湯になって湯である自分の中に人間である自分が入っていることをイメージします。

当然湯は風呂桶にも触れていますから、それもイメージします。

何をバカなことを思うかもしれませんが、たとえばひんやりした鉄に手のひらを当てたらひんやりした感じがしますが、鉄が冷たいのか手のひらが冷たいのかどこからが鉄の冷たさで、どこからが手のひらの冷たさか区別できますか?

両手を叩いてパンとなったとき、右手が鳴ったか左手が鳴ったか区別することができますか?

それと同じで、目を瞑っていると、自分の触れたものがどこからが自分で、どこまでが自分以外かなんて区別はなくなってしまいます。

目から視える情報で思い込んでいるだけなんです。

目を瞑ると自分という存在が曖昧になります。

自分が湯になって自分の身体を包み込んでいるイメージをします。

湯が波立てば、自分も波立ちます。

音が聞こえてきたら、自分が音を聞いているという感覚から自分が音になります。

普段、忙しい日常の中で、相手の気持ちになることはなかなか出来ないものですが、瞑想の時間は、逆に相手の気持ちになることに集中する時間にするのです。

現実でどう活かすかは自分次第

10分でも15分でもいいので、出来れば一日一回瞑想をして、自分以外に自分がなる練習をします。

相手の気持ちがわからなくなるのは、『自分』という枠に心がとどまっているからです。

相手の立場になることが出来ないのです。

それは自分を守らないといけないという自己防衛本能でもあります。

自分を守らないといけない場面で急に相手の気持ちをわかろうとするのは難しいもの。

なので普段から自分以外に意識をむける練習をしておくのです。

練習しておけば、ガーッと自分の気持ちが前面に出そうになっても、それを見ているもうひとりの自分が現れて相手の立場になってくれます。

自分と相手と両方の気持ちが同時に考えられるようになります。

ただ、本当の課題はここからです。

相手の気持ちが想像できたとして、それをどう現実で活かすかは自分次第なのです。

追伸

悟ることを瞑想の目的にしている人もいると最初の章で書きましたが、この自分以外を想像することは悟りへの道だと思っています。

世界は自分と自分以外で出来ています。

自分があるから自分以外があります。

しかし、それは単なる思い込みでしかなく、自分と自分以外の区別がなくなれば差がなくなり、悟り(差取り)になるのではないかと思います。

瞑想には、心が乱れていれば心を整え、傷ついていれば癒やし、自分と自分以外を区別していればそれをひとつにする。

今の自分に必要なことが得られる万能なトレーニングなのです。

相手の気持ちがわからない人の練習方法のまとめ

今日は『相手の気持ちがわからない人の練習方法』と題して、相手の気持ちを想像する練習について考えました。

瞑想のススメ 
瞑想の目的といえば、脳をリラックスさせる、心を落ち着かせる、集中力を養うなど、そのすべての目的がある程度達成される万能な心のトレーニングです。

自分以外になる 
普段、忙しい日常の中で、相手の気持ちになることはなかなか出来ないものですが、瞑想の時間は、逆に相手の気持ちになることに集中する時間にするのです。

現実でどう活かすかは自分次第 
自分を守らないといけない場面で急に相手の気持ちをわかろうとするのは難しいもの。
なので普段から自分以外に意識をむける練習をしておくのです。

今日も読んでいただきありがとうございます。

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