若い時の苦労は買ってでもしろ|若いうちだけ?
『若い時の苦労は買ってでもしろ』といいます。
もう死語ですか?(笑)
しかし、その言葉の真の意味を実感するのは、ある程度年齢を重ねた今だからだと思います。
今日は『若い時の苦労は買ってでもしろ|若いうちだけ?』と題して、苦労を買う意義について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
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ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
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毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
若い時の苦労は買ってでもしろ|若いうちだけ?
尊敬する松下幸之助のこちらの動画から感じたことを。
感じたこと、というよりも思い出したという感じの方が言葉としては適当だと思います。
若い時は苦労していることを受け入れられた、承認していた、納得していた、いずれの言葉でもいいのですが。
それが人生の一部として納得していたとでも言いましょうか。
それが、この動画を視て、若い時分を思い出し、今ある程度の年齢になると、『なぜこの歳でこんなことを!?』などと思うようになって、若い時にはなかった不平不満があるなと感じたのです。
若い時の苦労は買ってでもしろ
『若い時の苦労は買ってでもしろ』と言います。
今でも言うのでしょうかね?(笑)
若い時というのは先輩がいて、先輩からそう言われると納得して、そういうものだと思って、自分が一番大変だったとしても若いのだから当たり前、先輩たちも若い時分は苦労をされたのだと思えば、自分が大変なのも今だけであると思って辛抱出来たわけです。
また、今のうちに苦労をすることが将来のためになるということも言われるので、そう言われるとなおのこと辛抱しないといけないと思ったものです。
それが段々と年齢を重ねると、周りが先輩よりも後輩の方が多くなってきます。
職場だけではなくて、プライベートでも同じです。
自分よりも年下と付き合うことが多くなってきます。
そうすると自分が楽な立場になってくることが多くなります。
年下の人は年上の自分に気を遣って、立ててくれることが多くなってきます。
そうすると、いつの間にか、それが『当たり前』になってきて、少しでも反論されたり粗末に扱われようものなら、心がざわついてきます。
若い頃であれば一番後で当たり前、一番苦労して当たり前だったことが、今では当たり前ではなくなって、ほんの些細なことで気分を害したり、不平不満を思ってしまいます。
若い頃苦労したのだから、今楽をするのが当たり前だと思うと、なんと今もまた苦労しているのです。
若い時の苦労は心を鍛える
動画を視て、若い時分を思い出して、その時の気持ちというか、心になってみると健気であったなと思うのです。
我慢をするとか、辛抱するとか、苦労をするとかを必ずしも推奨するわけではありませんし、それがないと成功しないと言い切れるわけではありません。
しかし、その時分の苦労というのは、心を鍛えるという意味では必要な時間だったなと思います。
高校野球で一時代を作った大阪のPL学園は、先輩後輩の上下関係が厳しいことで知られています。
PL出身のたくさんのプロ野球選手が、あの時代は地獄だったと、あの時だけには戻りたくないと、どの選手も言うくらいにPLの上下関係の厳しさは有名です。
でも、口を揃えてその選手たちが言うのは、あの厳しさがあったからプロで活躍出来たといいます。
上下関係の厳しさなんて野球の上達にまったく関係がないように思いますが、それがあったからプロで活躍出来たというのです。
苦労とはそういうものなのです。
苦労は幸せの種
年齢を重ねると、周りから立てられることが多くなり、楽な立場になることが当たり前になってきます。
そうすると、若い頃とは違って、少しの苦労が大きな苦労になってしまいます。
せっかく鍛えた強い心が、楽をすると弱い心になってしまうのです。
もちろん若い時分に苦労した分、ある程度の年齢、立場になれば楽をしてもいいと思いますが、楽をしすぎると返ってそれがまた苦労の種になると思うのです。
当たり前と思っていることが、当たり前にならないことほど苦労を感じるからです。
立てられて当たり前、楽で当たり前だと思っていることが、立てられず、苦労を強いられると、より大きな苦労と感じてしまいます。
苦労を買ってでもしないといけないのは若いうちだけか?というと決してそうではないと思うわけです。
いつでも苦労をする気持ちでいれば、ほんの少し立ててもらうだけで喜びになりますし、ほんの少し大切に扱われると嬉しくなります。
それが幸せの種になるのです。
追伸
元メジャーリーガーで外野守備ではイチロー選手と同等か、それ以上と評価の高い新庄剛志選手は、外野に飛んだ球は全部自分が捕るという気持ちで守っているそうです。
そう思うとすべての球がイージーになるといいます。
苦労をすることを当たり前にしていると、ほんの少しの楽が大きな楽に感じます。
人は結局相対的にしか幸せを感じられないものです。
期待が大きいと幸せは小さく、期待が小さいと幸せが大きくなります。
『苦労を買ってでもしろ』というのは、苦労をするつもりで生きていれば、たいがいのことは楽に感じるということでもあるのです。
若い時の苦労は買ってでもしろ|若いうちだけ?のまとめ
今日は『若い時の苦労は買ってでもしろ|若いうちだけ?』と題して、苦労を買う意義について考えました。
若い時の苦労は買ってでもしろ
若い頃であれば一番後で当たり前、一番苦労して当たり前だったことが、今では当たり前ではなくなって、ほんの些細なことで気分を害したり、不平不満を思ってしまいます。
若い時の苦労は心を鍛える
若い時の苦労というのは、心を鍛えるという意味では必要な時間。
苦労は幸せの種
『苦労を買ってでもしろ』というのは、苦労をするつもりで生きていれば、たいがいのことは楽に感じるということ。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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