願いを叶えるには真に切望すること|理解ではなく体験する|サドグル
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インドで最も影響力がある50人のうちの1人として名が挙がるサドグル。
そのサドグルの動画の中で質問者が『自分を理解したい』といいました。
なぜ理解したいのか?とサドグルに尋ねられ自分の存在を体験したいと言いました。
理解したいのか?それとも体験したいのか?
質問者は『体験したいから理解したい』のだと言いました。
どっちですか?(笑)
しかし、質問者の質問を聞いて自分も同じような求め方をしているなと思ったわけです。
今日は『願いを叶えるには真に切望すること|理解ではなく体験する|サドグル』と題して、理解することと体験することを混同していることについて書いていきます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
サドグル プロフィール
願いを叶えるには真に切望すること|求める=体験
頭で考えている以外はすべて体験です。
食べ物を食べるのも、お風呂に入るのも…etc.
理解など必要なく体験すればそれがすべてです。
頭で考えていることは『求めている』という段階です。
求めれば体験する。
実にシンプルで、求める=体験です。
ただ、頭で考えていて、体験が起こっていないとすれば、それは求める度合いが小さくて体験が起こっていないのです。
切望していないということです。
願いがあっても叶わないのは切望していないということなのです。
どうすれば願いが叶うかという理解よりも切望なのです。
願いを叶えるには真に切望すること|体験した『以上!』
サドグル曰く『体験は自分の人生を一変させるために必要で、理解は他人の人生を一変させるのに必要』。
自分が人生を楽しむためには体験だけで十分なのです。
なのに体験したことを理解しようとするから難しくなってしまいます。
理解したい理由のひとつは再現性です。
なぜ今幸せだったのか?それをもう一度体験するために今起こった体験を理解したい。
無意識にそう思っていませんか?
もうひとつは他人にそれを伝えたい。自慢したいでも、他人を幸せにしたいでも理由は様々です。
幸せは体験です。
求めているということは、まだ体験していないということなので不幸せという感覚になります。
理解しようと思うことは不幸せな感覚を創る行為になってしまいます。
理解する必要はありません。
体験した『以上!』
体験だけを大切にして前に前に進んで行けば幸せの好循環が起こります。
願いを叶えるには真に切望すること|理解ではなく体験する|サドグルのまとめ
今日は『願いを叶えるには真に切望すること|理解ではなく体験する|サドグル』と題して、理解することと体験することを混同していることについて書きました。
理解ではなく体験する
理解すると体験できると思っているのか、もしくは体験には理解が必要だと思っているのか?
しかし、これには落とし穴があります。
理解は体験を超えません。
求める=体験
求めれば体験する。
実にシンプルで、求める=体験です。
ただ、頭で考えていて、体験が起こっていないとすれば、それは求める度合いが小さくて体験が起こっていないのです。
体験した『以上!』
体験だけを大切にして前に前に進んで行けば幸せの好循環が起こります。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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